いじめは本能によるものか|脳科学や動物研究の視点から考える

なぜいじめは起こるのかという問いに対し、「いじめは生物の本能である」という意見があります。

たしかに、動物の世界でも争いや攻撃は見られます。群れの中で力関係ができたり、縄張りをめぐって争ったりすることもあります。

本記事では、いじめが本能によるものかという問いに対し、研究者の意見を基に考察します。

目次

制裁的ないじめは人間の本能である

いじめもいくつか種類分けすることができますが、なかでも制裁的いじめと呼ばれるものがあります。

このような制裁的ないじめは、人間の本能であるという考えもあります。

過剰な制裁感情がいじめ発生のメカニズムである

脳科学者の中野氏は、いじめは種を残すため脳に組み込まれた機能であると捉えています。制裁行動として他人を排除しようとする機能が、脳に備え付けられているという考え方です。

脳科学ばかりでなく数理社会学や行動社会学などの見解も、いじめをはじめとする社会的排除行為が、ヒトが種として存続することを有利にしてきたことを示唆しています。
(中野信子, 2017『ヒトは「いじめ」をやめられないp.18より)

人間はこれまで集団を作ることで発展を続けてきましたが、集団にとって制裁行動は必要な行為だと本著では捉えられています。この制裁行動はサンクションと呼ばれており、サンクションは集団においてほぼ必ず生じるそうです。

このサンクションが過剰に生じていることが、いじめが発生するメカニズムと中野氏は捉えています。

体が小さいがためにみんなの役に立たなさそうに見えてしまう人、さらにはちょっとだけ生意気だったり、みんなの常識と違った格好をしていたり、標準的な可愛さよりもちょっと目立つ可愛さがあるなど、みんなのスタンダードと少し違うという人。こういった対象に向けて、制裁感情が発動してしまうことがあります。
(中野信子, 2017『ヒトは「いじめ」をやめられない』p.26より)

いじめは閉鎖的な集団で起こりやすいと言われていますが、このような制裁感情が発動しやすいというのが、閉鎖的集団の特徴なのかもしれません。

制裁行動は快感であり、いじめは楽しいからやめられない

考えてみると制裁行動というものは、利もなく、全く合理的ではない行動です。それにもかかわらず、なぜサンクションを行うのでしょうか?
その恐ろしくも、驚くべき答えが、制裁行動に「快感」を感じるからなのです。
(中野信子, 2017『ヒトは「いじめ」をやめられない』p.56より)

正義感を振りかざし、自分が間違っていると感じる人を正すという行為は、ドーパミンが放出され、快感を感じるものなのだそうです。

たしかにXなどのSNSを見ていると、特定の人の行動に対して執拗に批判する人を多く見かけます。いわゆる炎上案件というものです。

中野氏もネット炎上はいじめとかなり似た構造を持っていると指摘しており、このような制裁行動による快感が、人をいじめや過剰な批判という行為に向かわせるのだと推察されます。

いじめをやめられない理由は、子どもたちにとっていじめは楽しいことであり、いじめている側に力と正義を感じさせてくれるものだからなのです。
(中野信子, 2017『ヒトは「いじめ」をやめられない』p.162より)

いじめ防止のための教育を学校が行っているにも関わらず、なぜ依然として重大ないじめは発生するのか。シンプルな答えを出すとすれば、中野氏の言うとおり、いじめは楽しいことだからなのだと感ぜられます。

大人でもいじめを行うのですから、判断力の未熟な子どもは、いじめ行為という快感に対して自制することは難しいものなのでしょう。

駄目だと分かっているのにギャンブルやスマホに夢中になってしまうというのは、よく聞く話です。本能的な快感に対して抗えないというのは、人間としてありふれた傾向なのでしょう。

動物の本能としてのいじめを考える

次は進化生物学の観点から、いじめについて捉えた意見を見ていきます。

人間や猿などの生物は、集団に属して生活する生き物です。

研究者の小松氏は、集団に属することの不利益として、同種の個体は共通の資源を巡って互いに競争する関係にあり、自分のすぐ近くに競争相手が存在する状況であることを指摘しています。

自分の生存や繁殖に必要な資源を獲得するために、他個体を積極的に押しのけるような敵対的・攻撃的行動を示す傾向が適応的となっても不思議ではありません。集団を作る生物においては、仲間同士での攻撃(いじめ)は生じて当然と言えそうです。
(小松正, 2016「いじめは生存戦略だった!?進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理」より)

例えばニワトリの世界にも序列があるとされており、つつくという攻撃に序列があることが研究されています。一位の個体はすべての個体をつつき、最下位の個体はどの個体もつつかないそうです。

クラス内における本能的な序列争いがいじめを生む

学校のクラス内においても、見えない序列が存在しうることが指摘されています。いわゆるスクールカーストというものです。

動物だけでなく人間においても、序列争いというのは本能的に発生するのかもしれません。また、スクールカーストはいじめの温床となることが指摘されています。

つまり、学校のクラスという閉鎖的な環境が、本能的に序列争いの意識を生み、それがいじめの原因となる可能性が考えられます。

小松氏は、「序列がはっきりしている集団では、いじめは少なくなる」と述べています。先述したニワトリの例でも、順位の確立後は攻撃行動の頻度が減少するそうです。

学校は平等を重んじる傾向があるかと思いますが、序列を設けずに様々な子どもを同じクラスに集めることが、かえっていじめを助長することになっている可能性があるのは皮肉なものです。

いじめの本能に負けない環境づくり

いじめを本能として捉えると、どうしても仕方がないもののように感じてしまいます。

しかし、人間は本能だけに従う生き物ではなく、高い知能を持った生き物です。決していじめが防止できないとは考えられません。

いじめをなくすためには、誰か一人の性格だけに原因を求めるのではなく、集団全体の雰囲気や環境に目を向けることが大切だと考えます。

実際に小松氏も、状況の変化によって動物でも攻撃性がなくなった例があることを示し、以下のように述べています。

この例は、ヒトにおいても環境を適切に調整することで攻撃行動(いじめ)を抑制することが可能なのではないのか、という期待を抱かせます。
(小松正, 2016「いじめは生存戦略だった!?進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理」p.233より)

いじめを抑制するために、学校や教師の働きが重要になります。

子どもたちがいじめから確実に守られるような環境づくりにより、子どもがいじめを行うという本能に負けないよう導くことが、現代の学校には求められています。

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この記事を書いた人

教育課題研究所代表
元公立高等学校教員。現在は教師のいじめ対応、学校いじめ対策組織、組織的対応のあり方などをテーマに研究を行っています。

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