いじめの問題は、長きにわたり私たちの社会、特に学校における大きな課題であり続けています。
多くの場合、「いじめる側(加害者)」と「いじめられる側(被害者)」という二者関係に注目が集まりがちですが、実際はいじめはもっと複雑な構造の中で起きています。
その構造を四層として捉えた考え方が、森田洋司氏らによって提唱されたと言われる「いじめの四層構造」です。

「いじめの四層構造」は、いじめ行為に直接関わる当事者だけでなく、周囲で見ている子どもたちも含めた、4つの役割に分類して捉える考え方です。
これらは同心円状に配置され、中心から外側へ向かうほど、いじめへの直接的な関与度は低くなりますが、その存在はいじめの存続と拡大に深く関わっています。

本記事では、いじめの四層構造について図解しつつ詳しく解説します。
いじめの四層構造に基づく対策や研究論文
いじめ集団の四層構造モデルを提唱した森田洋司氏は、著書の中で、仲裁者の存在がいじめ防止には重要であるとの旨を述べています。
傍観者を仲裁者へ変えることが重要


周りで見ている子どもたちのなかから、「仲裁者」が現れる、あるいは直接止めに入らなくても否定的な反応を示せば、「いじめる子」への抑止力となる。
「いじめとは何か」(森田洋司, 2010)p.132より
傍観者の層がただいじめを見て見ぬふりをするのではなく、仲裁者としていじめを否定する反応を示すことは、いじめを抑止する上で重要です。
いじめ対策と言えば、加害者をどうにかしようという視点に立ちがちですが、傍観者の層にアプローチする重要性や可能性を示すのが、いじめの四層構造に基づく考え方となります。
道徳の教科書にもいじめの四層構造が記載


小学校5年生の道徳の教科書にも、いじめの四層構造についての記載がされていました。
被害者・加害者・観衆・傍観者の構図について挿絵付きで説明がされており、傍観者が仲裁者になるためにはどうすればよいかを子どもに考えさせる内容となっています。
このように、いじめの四層構造はいじめ問題を考える上での分かりやすい指針となりますので、子どもへの教育として使われるケースもよく見られます。
たとえば島根県における「やさしく解説しまねっ子ニュース」では、しまねっこの可愛いイラストとともに、いじめの四層構造が紹介されています。


いじめの発生環境について図で示されていることは、やはり視覚的にもいじめの教育効果が期待されそうです。
いじめの傍観者にアプローチした研究論文
これまで様々ないじめの傍観者にアプローチした研究が行われてきています。
- 「いじめ集団の類型化とその変容過程 傍観者に着目して」(橋本摂子, 1999)
- 「いじめ場面における傍観者の援助行動を生起させるには ——計画的行動理論および傍観者の自己認知からの検討——」(白木優馬, 2013)
- 「高校生のいじめ傍観者の被援助志向性といじめ否定学級規範の関連」(本田真大, 2018)
- 「小中学生におけるいじめ傍観の多様な様態──いじめを目撃した際の態度による検討──」(西野泰代・若本純子, 2022)
これらは一例であり、傍観者に着目したいじめ対策の論文は多く存在することから、いじめの四層構造に基づいて傍観者へ着目することの重要性が感ぜられます。
学級風土や集団規範にアプローチした研究
いじめの防止に関して、四層構造モデルによって周りの児童生徒の重要性が周知されたことから、学級風土や集団規範についての研究も進んでいます。
「いじめの仲裁に関連する要因の検討—主張性,学級風土,学級内地位に注目して—」(梅津直子,2021)においては、仲裁行動と学級風土との関連が認められたとの研究報告がされています。
子どもの発達科学研究所では、学校風土を向上させることで、いじめ、不登校、学力低下等の問題を予防することができるとの考えのもと、学校風土の向上や調査に関する取り組みを行っています。文部科学省も学校風土の把握ツールを一覧にして紹介するなど、その重要性を認めているようです。
脱いじめ傍観者教育プログラムには学級風土が効果に影響する(大学ジャーナルオンライン, 2018)との報告もあり、いじめ予防教育の継続と学級風土を良くする努力が必要との知見が示されています。
また、いじめ問題の研究者である大西彩子氏は、いじめに否定的な集団規範が生徒のいじめ加害傾向に影響することを研究によって明らかにしています。


いじめの四層構造をドラえもんの登場人物で解説


いじめの四層構造における各層の役割(被害者・加害者・観衆・傍観者)について、ドラえもんの登場人物を例にしつつ解説します。
被害者(第一の層):のび太


いじめの標的となり、身体的もしくは精神的な苦痛を受ける子どものことを指します。
ドラえもんでいえば、「のび太」がよくこうした被害を受けていますので、被害者に当たる場合が多いです。
加害者(第二の層):ジャイアン


被害者にいじめを行う子どもたちです。単独の場合もありますが、複数人で徒党を組むことも多く、いじめを行う主体となります。
ドラえもんでいえば、「ジャイアン」がよく暴力をふるったり持ち物を奪ったりしていますので、加害者に当たる場合が多いです。
観衆(第三の層):スネ夫


いじめの現場をはやし立てたり、面白がって見ている子どもたちです。
直接的に手を下すことは少ないものの、笑いや好奇の視線によって加害者を暗黙のうちに支持し、いじめを積極的に是認・促進する役割を担います。
彼らの存在がいじめの「見せ物」としての側面を強め、加害行為をエスカレートさせる要因にもなります。
ドラえもんでいえば、「スネ夫」がよくジャイアンの行為を囃し立てていますので、観衆に当たる場合が多いです。
傍観者(第四の層):しずかちゃん


いじめに対して加担するわけではありませんが、見て見ぬふりをしたり、行動を起こさない層の子どもたちです。
沈黙や無関心が、いじめを許容していると受け取られる可能性があります。
ドラえもんでいえば、「しずかちゃん」のポジションが挙げられます。
ただし、しずかちゃんはジャイアンに対して注意することもありますので、その場合は仲裁者とも言えるでしょう。正確には、「安雄」や「はる夫」といったキャラクターが傍観者の例としては適任かもしれません。
いじめの四層構造への批判や指摘
いじめの四層構造に対して批判的な検討や、問題点への指摘をした論文もいくつか発表されています。
いじめの四層構造では教師の役割が描かれていない
「いじめの四層構造」を描いたのは誰か ―いじめにおける教師の位置に関する考察― (山岸竜治, 2019)では、いじめの四層構造において教師の役割が描かれていないという問題点について論じられています。
いじめは子どもだけの問題ではなく、大人が責任を持って制止すべき問題です。確かにいじめの構造論に教師の位置づけがされていないというのは、いじめが子どもだけの問題であるという印象を与えかねないという問題がありそうです。
いじめの四層構造の提唱者に関する指摘
一般的に、いじめの四層構造は森田洋司氏が提唱したと言われています。
しかし、山岸氏は前述した論文において、森田洋司氏よりも先に、茨城県学校長会によっていじめの四層構造が提唱されたのではないかという論が展開されています。
他にも、以下のような批判的検討がされた論文や書籍が発表されています。
- 「いじめの四層構造論」を検証する : 「いじめ問題」解体に向けての予備的考察(山本雄二, 2023)
- いじめをめぐる意識と行動 : 「いじめ集団の四層構造論」の批判的検討(久保田真功, 2025)
いじめの四層構造以外の役割分類
いじめに関わる集団を四層構造として捉えるだけでなく、発展させた捉え方や、少し違った役割分類をしている構造論もありますので、いくつか紹介します。
KiVaプログラム開発のSalmivalli氏らによる分類


Salmivalli, Christina & Lagerspetz, Kirsti & Björkqvist, Kaj & Österman, Karin & Kaukiainen, Ari. (1998).
フィンランドのいじめ防止プログラム「KiVa」を開発したChristina Salmivalli氏らの論文では、いじめ集団における役割分類は7つに分けられています。
- 被害者(Victims)
- 加害者(Bullies)
- 強化者(Reinforcers)
- 助手(Assistants)
- 擁護者(Defenders)
- 傍観者(Outsiders)
- 役割なし(No Role)
KiVaプログラムでは特にいじめの傍観者(Outsiders)を重視し、被害者を助ける擁護者(Defenders)になることを目指して教育プログラムが組まれています。


オルヴェウスいじめ防止プログラムにおける分類


オルヴェウスいじめ防止プログラムにおいては、いじめ集団を「いじめサークル」と呼んで細かく分類しています。以下は名称を分かりやすくしてリストにしたものです。
- 被害者
- 加害者
- 追従者
- 支持者
- 受動的支持者
- 無関心の傍観者
- いじめを嫌悪する傍観者
- 防衛者
オルヴェウスのいじめサークルでは、立ち会ったほとんど全員の生徒が影響を受けているとみなし、これらのように8種類に役割を分類しています。
いじめ防止プログラムによって「反いじめ」という規範を創り、いじめサークルの右側の方に向かわせ、防衛者の役割に向かわせるような取り組みを行っているようです。


いじめの多重多層構造


いじめの四層構造に基づく構造論として、弁護士・社会福祉士である曽我智史氏の提唱する「いじめの多重多層構造」が挙げられます。
いじめの四層構造をミクロレベルとし、メゾレベルの「学校・教員」「親、地域」を加え、さらにマクロレベルとしての「制度」を加えた構造論です。
現在はいじめ防止対策推進法が制定され、法に基づいたいじめ対応が学校に求められています。そのような状況を踏まえ、生徒間だけでなく更に広い視点、学校や地域や制度についてもいじめに影響を及ぼすものとして捉えています。
確かにいじめは子どもたちだけの問題ではなく、大人にも責任があるものとして、包括的に考えていく必要があります。
いじめ対策の六層構造


これはいじめの四層構造に対し、私がいじめ対策において重要だと思っている「いじめ専門教員(いじめ対策教員)」と、「学校いじめ対策組織」を加えた、いじめ対策の六層構造です。
いじめの多重多層構造における考え方にもあったように、現在のいじめ対策では、法に基づいた学校の組織的対応が求められています。
学校いじめ対策組織が存在をアピールし、相談・通報の窓口となることで、傍観者を仲裁者(通報者)になりやすくする取り組みが学校には求められています。


また、生徒から相談・通報を受けやすくするためにも、いじめ専門教員(いじめ対策教員)の存在は不可欠です。


まとめ
いじめの四層構造を理解することは、単なる知識の獲得に留まりません。いじめの全体像を把握し、より効果的な予防・対応策を講じるための指針となります。
現在のいじめ対策では組織的かつ協働的なアプローチが求められており、学校や教師は、単に個々の事案を処理するだけでなく、いじめを未然に防ぎ、構造的な再発を防ぐためのシステムを構築する責任があります。
また、最終的に目指すべきは、いじめの芽を摘むための集団全体の文化を創造することです。



いじめは未然防止が重要です。これまでの知見を参考に、環境作りに努めていきましょう。
いじめの構造的理解に基づいた多角的な取り組みこそが、すべての子どもたちにとって安心できる学習環境を実現するための一歩となるかと思います。
いじめの四層構造を参考に、いじめをしない・させない環境作りをしていきましょう。









