いじめは、子どもたちの心と体の健やかな成長を妨げる、決して許されない行為です。
社会全体でこの問題に取り組むために、国は「いじめの防止等のための基本的な方針」(通称:国の基本方針)を定めています。
この基本方針は、いじめ防止対策推進法に基づき、児童生徒の尊厳を保持する目的の下、いじめの防止、早期発見、そしていじめへの対処について、対策を総合的かつ効果的に推進するために策定されたものです。
対象としては、国、地方公共団体、学校、地域住民や家庭など、関係者すべてとなっています。

学校の基本方針があるからといって、当然、国の基本方針を無視していいわけではありません。
本記事では、いじめの防止等のための基本的な方針(国の基本方針)の内容やポイントについて、要点を押さえつつ分かりやすく解説していきます。
いじめの防止等のための対策の基本的な方向に関する事項
国の基本方針で定められている三つの事項のうち、一つ目の「いじめの防止等のための対策の基本的な方向に関する事項」について、要点をまとめていきます。
国・地方・学校による基本方針の策定と法的根拠
国,地方公共団体,学校は,それぞれ「国の基本方針」「地方いじめ防止基本方針」「学校いじめ防止基本方針」を策定する(法第11条~13条)
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.3より
「国の基本方針」「地方いじめ防止基本方針」「学校いじめ防止基本方針」は、それぞれいじめ防止対策推進法の11条から13条までの法的根拠に基づいて策定されています。
国(文部科学大臣)と学校は策定の義務、地方公共団体は策定の努力義務となっています。これは地方分権の流れに配意したという経緯があるようで、努力義務となっている地方も可能な限り基本方針を策定することが望まれます。
また、学校いじめ防止基本方針の構成において最重要事項となるのは、「いじめの防止プログラム」及び「早期発見及び事案対処のマニュアル」とされています。
「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」(2014, 小西洋之)p.83より



学校いじめ防止基本方針は、基本的に各学校のホームページで確認することができます。
いじめの防止等の対策に関する基本理念
いじめは,全ての児童生徒に関係する問題である。いじめの防止等の対策は,全ての児童生徒が安心して学校生活を送り,様々な活動に取り組むことができるよう,学校の内外を問わず,いじめが行われなくなるようにすることを旨として行われなければならない。
また,全ての児童生徒がいじめを行わず,いじめを認識しながら放置することがないよう,いじめの防止等の対策は,いじめが,いじめられた児童生徒の心身に深刻な影響を及ぼす許されない行為であることについて,児童生徒が十分に理解できるようにすることを旨としなければならない。
加えて,いじめの防止等の対策は,いじめを受けた児童生徒の生命・心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ,国,地方公共団体,学校,地域住民,家庭その他の関係者の連携の下,いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.2より
以上の基本理念については、いじめ防止対策推進法の第3条にも、同様の内容が記載されています。
基本理念における特に大事な部分として、「学校の内外を問わず」や、「生命及び心身を保護することが特に重要」といった点を押さえておきましょう。
いじめの定義
いじめの定義については、いじめ防止対策推進法の定義と同じものが掲載されています。
(定義)
第2条 この法律において「いじめ」とは,児童等に対して,当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって,当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.4より
なお、定義だけでなく、いじめの判断や認知の際の注意点について記されています。
いじめの判断と認知
個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は,表面的・形式的にすることなく,いじめられた児童生徒の立場に立つことが必要である。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.4より
いじめの判断は、慎重に行わなくてはなりません。いじめ被害者の声にしっかりと耳を傾けるのは当然です。
いじめられていても、それを本人が否定する場合も多くあります。ですが、教員はそれを踏まえたうえで、児童生徒の表情や様子をきめ細かく観察したり、周辺の状況等を客観的に見つつ確認する必要があります。
いじめの認知は,特定の教職員のみによることなく,法第22条の学校いじめ対策組織を活用して行う。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.5より
いじめを認知するに当たって、基本的に個人で判断してはいけません。必ず学校いじめ対策組織に報告し、そこで組織的に判断していくことが重要です。
具体的ないじめの態様
具体的ないじめの例として、以下のようなものが挙げられています。
・冷やかしやからかい,悪口や脅し文句,嫌なことを言われる
・仲間はずれ,集団による無視をされる
・ 軽くぶつかられたり,遊ぶふりをして叩かれたり,蹴られたりする
・ ひどくぶつかられたり,叩かれたり,蹴られたりする
・ 金品をたかられる
・ 金品を隠されたり,盗まれたり,壊されたり,捨てられたりする
・ 嫌なことや恥ずかしいこと,危険なことをされたり,させられたりする
・ パソコンや携帯電話等で,誹謗中傷や嫌なことをされる 等
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.5より
これらのいじめの中には、犯罪行為として取り扱われるべきと認められ、早期に警察に相談することが重要なものもあります。
また、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ちに警察に通報することが必要なものも含まれます。
いじめだからといって学校で対応しようとするのではなく、必要に応じて警察との連携をすることが求められます。
いじめの防止等のための対策の内容に関する事項
国の基本方針では、いじめの防止等のために国・地方・学校が実施すべき施策が記載されていますが、今回は学校が実施すべき施策に絞って紹介します。
いじめの防止等のために学校が実施すべき施策
学校は,いじめの防止等のため,学校いじめ防止基本方針に基づき,学校いじめ対策組織を中核として,校長の強力なリーダーシップの下,一致協力体制を確立し,学校の設置者とも適切に連携の上,学校の実情に応じた対策を推進することが必要である。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.23より
学校のいじめ対策の中核となるのは、いじめ防止対策推進法第22条に定める、学校いじめ対策組織となっています。
また、対策を推進していく際には、学校いじめ防止基本方針に基づいて進めていくことが求められます。
学校いじめ防止基本方針を定める意義
・学校いじめ防止基本方針に基づく対応が徹底されることにより,教職員がいじめを抱え込まず,かつ,学校のいじめへの対応が個々の教職員による対応ではなく組織として一貫した対応となる。
・ いじめの発生時における学校の対応をあらかじめ示すことは,児童生徒及びその保護者に対し,児童生徒が学校生活を送る上での安心感を与えるとともに,いじめの加害行為の抑止につながる。
・ 加害者への成長支援の観点を基本方針に位置付けることにより,いじめの加害者への支援につながる。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.24より
学校いじめ防止基本方針には、いじめの防止のための取組、早期発見・いじめ事案への対処の在り方、教育相談体制、生徒指導体制、校内研修などを定めることが想定されています。
また、中核的な内容として、包括的な取組の方針を定めたり,その具体的な指導内容のプログラム化を図ること(「学校いじめ防止プログラム」の策定等)が必要であるとされています。
これらの学校いじめ防止基本方針の中核的な策定事項は、同時に学校いじめ対策組織の取組による行動計画となるよう、年間を通じた当該組織の活動が具体的に記載されなければいけません。
学校におけるいじめの防止等の対策のための組織
学校いじめ対策組織は、学校が組織的かつ実効的にいじめの問題に取り組むに当たって中核となる役割を担います。
国の基本方針に記載されている、学校いじめ対策組織の役割は以下になります。
【未然防止】
✧ いじめの未然防止のため,いじめが起きにくい・いじめを許さない環境づくりを行う役割
【早期発見・事案対処】
✧ いじめの早期発見のため,いじめの相談・通報を受け付ける窓口としての役割
✧ いじめの早期発見・事案対処のため,いじめの疑いに関する情報や児童生徒の問題行動などに係る情報の収集と記録,共有を行う役割
✧ いじめに係る情報(いじめが疑われる情報や児童生徒間の人間関係に関する悩みを含む。)があった時には緊急会議を開催するなど,情報の迅速な共有,及び関係児童生徒に対するアンケート調査,聴き取り調査等に
より事実関係の把握といじめであるか否かの判断を行う役割
✧ いじめの被害児童生徒に対する支援・加害児童生徒に対する指導の体制・対応方針の決定と保護者との連携といった対応を組織的に実施する役割
【学校いじめ防止基本方針に基づく各種取組】
✧ 学校いじめ防止基本方針に基づく取組の実施や具体的な年間計画の作成・実行・検証・修正を行う役割
✧ 学校いじめ防止基本方針における年間計画に基づき,いじめの防止等に係る校内研修を企画し,計画的に実施する役割
✧ 学校いじめ防止基本方針が当該学校の実情に即して適切に機能しているかについての点検を行い,学校いじめ防止基本方針の見直しを行う役割(PDCA サイクルの実行を含む。)
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.26-27より
また、学校いじめ対策組織は、児童生徒及び保護者に対して、自らの存在及び活動が容易に認識される取組を実施する必要があります。
学校いじめ対策組織は学校のいじめ対策の中核であり重要なものなので、詳しくは以下の記事を一読していただければと思います。


重大事態への対処
いじめの重大事態については、国の基本方針及び「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」により適切に対応するとされています。
学校は、重大事態が発生した場合、然るべき機関へ報告しなければなりません。
- 国立学校⇒国立大学法人の学長を通じて文部科学大臣へ
- 公立学校⇒当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会を通じて同地方公共団体の長へ
- 私立学校⇒当該学校を所轄する都道府県知事へ
- 学校設置会社が設置する学校⇒当該学校設置会社の代表取締役又は代表執行役を通じて認定地方公共団体の長へ
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.33より
詳しい重大事態の定義に関しては、以下の記事にまとめていますのでご確認ください。


その他いじめの防止等のための対策に関する重要事項
国は,当該基本方針の策定から3年の経過を目途として,法の施行状況等を勘案して,国の基本方針の見直しを検討し,必要があると認められるときは,その結果に基づいて必要な措置を講じる。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.42より
いじめの防止等のための基本的な方針(国の基本方針)は、策定から3年の経過を目途に、見直しを検討するとされています。
実際に、国の基本方針が策定されたのは平成25年ですが、最終改定は平成29年となっています。
こうしたPDCAサイクルの仕組みを確保することは重要だと思われますが、平成29年以降は見直しがされているのかどうかは気になるところです。
加えて,国は都道府県・政令市における地方いじめ防止基本方針について,都道府県は市町村における地方いじめ防止基本方針について,地方公共団体は自ら設置する学校における学校いじめ防止基本方針について,それぞれ策定状況を確認し,公表する。
「いじめの防止等のための基本的な方針」p.42より
国・地方・学校とそれぞれ確認がされるよう定められています。
いじめ防止基本方針は地域や学校によって内容もかなり異なっているように感ぜられますが、実効的にこのような確認作業が行われているのかどうか、気になる部分です。
まとめ
いじめの防止等のための基本的な方針(国の基本方針)は、いじめ防止対策推進法に基づき、国がいじめ防止・早期発見・早期対応のための考え方や具体方策を示したガイドラインです。
国の基本方針が示す枠組みを丁寧に実践していくことが、子どもたちの学校生活をより安全で豊かなものにしていく確かな道筋になることでしょう。
しかし実際には、国の基本方針に記載されている組織的対応が不十分であったために、重大事態が起こってしまったとされる事案も多数報告されています。


学校いじめ防止基本方針の形骸化、学校いじめ対策組織の形骸化など、国の基本方針を全く守っていない学校が散見されるというわけです。
学校の先生の多忙化はたびたびニュースになっていますが、それでも児童生徒の心身の安全を守るのは、教員の最も重要な仕事のはずです。
全ての学校、全ての教員、全ての関係者はこの「いじめの防止等のための基本的な方針」(国の基本方針)をもう一度読み直し、いじめの脅威から児童生徒を守れるような対策を万全にしていただきたいと思います。









