海外のいじめ対策を知ることは、日本のいじめ対策を考える上でも重要な知見をもたらしてくれます。
本記事では、イギリスで実施されたいじめ防止プログラムである、「シェフィールドいじめ防止プロジェクト(The Sheffield Anti-Bullying Project)」について解説します。
1980〜90年代にイギリスでも学校でのいじめ問題への関心が高まりつつあった中、教育省とシェフィールド大学による、いじめ防止教育研究プロジェクトが開始されました。
このシェフィールドいじめ対策プログラムは、どのような特徴や介入効果があったのか、簡潔にまとめていきます。
シェフィールドいじめ防止プロジェクトの概要
シェフィールドいじめ防止プロジェクトは、イギリスのシェフィールド大学を中心に行われた大規模な研究・実践プロジェクトです。
教育省とシェフィールド大学によるいじめ防止教育研究プロジェクトは、1991年4月から1993年8月まで、教育省の財政援助を受けて開始されました。
シェフィールドいじめ防止プロジェクトの目的
シェフィールドいじめ防止プロジェクトの目的は、以下の4点です。
・シェフィールド市の24の学校において行われたいじめに関する調査の追跡研究を行うこと
・これらの学校で行われているいじめ防止教育を援助すること
・いじめ防止教育の成果を評価すること
・この研究をもとに、学校がいじめを減少させるためにとるべき手順についての実践的なアドバイスを、手引きという形で提供すること
(イギリス教育省・佐々木保行[監訳], 1996,「いじめ 一人で悩まないで」教育開発研究所, p.141より)

プロジェクトの目的が、研究調査・教育援助・評価・周知に至るまでのプロセスを含んでいるわけですね。
ピーター・K・スミス教授らによる指導


シェフィールドいじめ防止プロジェクトは、当時シェフィールド大学に在籍していたピーター・K・スミス(Peter K. Smith)教授らによって指導されました。
共同研究者としては、マイケル・J・ボールトン(Michael J. Boulton)博士、デビッド・トンプソン(David Thompson)博士、ヘレン・コウィー(Helen Cowie)教授、イベッド・アーマド(Yvette Ahmad)女史、ダン・ペノック(Don Pennok)氏、マーティン・ギャザード(Martin Gazzard)氏らが挙げられています。
(イギリス教育省・佐々木保行[監訳], 1996,「いじめ 一人で悩まないで」p.141より)
オルヴェウスの研究を参考に立案
シェフィールドいじめ防止プロジェクトの立案にあたっては、ノルウェーの心理学者であるオルヴェウス(Olweus)博士の研究が参考にされたとのことです。
いじめの定義については、オルヴェウスいじめ防止プログラム(OBPP)とシェフィールド・プロジェクトにて、ほぼ同様のものを用いたとされています。
オルヴェウスいじめ防止プログラムは世界でもっとも著名ないじめ防止プログラムと言われており、詳しくは以下の記事にて解説しています。


シェフィールドいじめ防止プロジェクトの特徴
シェフィールドいじめ防止プロジェクトでは、各学校において、いじめに関する大規模調査や、それに基づく様々な原則の制定や取り組みが行われました。
1990年におけるいじめの質問紙調査
シェフィールド市で選ばれた24の学校(17の小学校、7つの中等学校)において、1990年にすべての児童生徒に対して、いじめに関する大規模な質問紙調査が実施されました。質問項目は以下のような内容だったようです。
・その期間に児童・生徒がいじめられた回数
・児童生徒が受けたいじめの種類
・いじめが行われた場所
・自分の受けたいじめを誰に話したか
・その期間に児童・生徒が他者をいじめた回数
・児童・生徒はいじめることをどのように感じたか
・他者をいじめることに加わったかどうか
・他の児童・生徒や教職員が、いじめ防止行動をとるのをどの程度見かけたか
(イギリス教育省・佐々木保行[監訳], 1996,「いじめ 一人で悩まないで」p.142-143より)
1991年に調査に基づく詳しい資料を各学校が受け取りました。それによって、24校のうち1校を除く23校がプロジェクトチームの援助を受けつつ、いじめ防止教育を継続していったとのことです。
学校全体のアプローチによるいじめ防止教育の開発
シェフィールドいじめ防止プロジェクトにおける各学校の代表による会議において、学校全体で取り組むいじめ防止教育を開発する際の五つの基本原則が確認されました。
・いじめ防止教育は、教員、学校職員、保護者、学校理事および児童・生徒の間で、広範囲にわたっての徹底した協議の過程を通じて展開されること
・いじめ防止教育は、いじめの明確な定義を含むとともに、教職員、児童・生徒および保護者が、いじめを防止するためにどのような行動をとればよいのか、またいじめが起こっていることに気づいたとき、どう対応すればよいのかを明確にしたものを含んでいること
・いじめ防止教育は、自分がいじめられたり、誰かがいじめられていることに気づいたときに、児童・生徒が自分の感情を述べ、誰かに話をすることができると思えるような雰囲気づくりに取り組むこと
・実践をするうえにおいて、お互いが持っている期待を確認し、実践の一貫性を確保するために、いじめ防止教育に関する学校全体のコミュニケーションを円滑にすること
・持続的な効果を確認するために、いじめ防止教育に対する監視調査がなされること
(イギリス教育省・佐々木保行[監訳], 1996,「いじめ 一人で悩まないで」p.144より)
これらの基本原則から読み取れるように、シェフィールドいじめ防止プロジェクトは、生徒・保護者・教員などによる学校全体のアプローチを重視しているようです。
全校的反いじめ指針・対策の作成
シェフィールドいじめ防止プロジェクトから生まれた介入プログラムの最初の取り組みは、各校において「全校的反いじめ指針・対策」を作成することであった。
(久保順也,2014,「児童生徒間における「いじめ」防止のための介入プログラムの展望 : 主要3プログラムの比較による考察」より)
イギリス教育省のいじめ対策における考え方として、学校がいじめに対する指導方針を確立し、それを学校の行動方針と連携させた形で新たに加えることを推奨しています。
そのためにも、教職員や児童生徒がいじめ対策について討論し、それによって決定された対策を「全校的反いじめ指針・対策」として定めるといった取り組みが行われたようです。
イギリス教育省いじめ防止パッケージ
シェフィールドいじめ防止プロジェクトの研究成果がもとになり、イギリス教育省によって「いじめ防止パッケージ(DfE Anti-Bullying Pack:Don’t suffer in silence)」が公開されました。
反いじめ指針・対策の制定が法律で義務づけられた各学校は、いじめ防止パッケージにおける「全校的反いじめ指針・対策の制定」のプログラムを活用したり、他にもビデオ教材や、校庭での遊びのルール制定・監視員のトレーニングなど様々な介入を行っているようです。(久保順也,2014,「児童生徒間における「いじめ」防止のための介入プログラムの展望 : 主要3プログラムの比較による考察」より)
追加的な介入の内容
各校は、a)〜c)の追加的な介入を選択することができた。
a) カリキュラム・ワーク(例:ビデオ、演劇、文献、クオリティ・サークル)
b) 遊び場への介入(例:監督、昼食時間の監督者がいじめを発見できるようにする研修、遊び場環境の改善)
c) 個人や小グループとの作業(例:ピア・カウンセリング、被害者のための自己主張トレーニング、Pikasメソッド)
(David P. Farrington, Maria M. Ttofi,(訳 尾山滋),2009,「いじめといじめの被害化を減らすための学校をベースにしたプログラム」より)
また、久保氏によれば以下のような取り組みが行われたとされています。
- カリキュラムを通したいじめへの取り組み(いじめをテーマに描いたビデオ作品や演劇、文学作品を視聴して児童生徒同士で討論したりする)
- いじめ被害者の自己主張訓練
- ピーカスによる関心共有法(Pikas, 1989)
- いじめ裁判
- 子ども同士のカウンセリング
- 校庭の改善によるいじめ予防
(久保順也,2014,「児童生徒間における「いじめ」防止のための介入プログラムの展望 : 主要3プログラムの比較による考察」より)
校庭など遊び場での監督(見回り活動をする)というのは、KiVaプログラムにも通ずる部分のように思われます。見回り活動による「いじめ防止のシンボル化」は、やはり生徒の規範意識を高める上でも有効なのかもしれません。


シェフィールドいじめ防止プロジェクトの効果
シェフィールドいじめ防止プロジェクトの効果検証には、様々な調査が行われました。
休み時間についての中間調査の結果
「休み時間についての中間調査」として、児童に対して連続した5日間の昼食後に簡単な質問紙調査が実施されました。内容としては、その日いじめを受けたかどうかについて尋ねるようなものです。
分析結果としては、以下のようになったようです。
また、全体のいじめの減少の約15%が子どもの進級によるものであったが、残りの約30%はいじめ防止教育によるものであることが明らかになったそうです。
質問紙調査の結果
最初の調査から2年後の1992年11月に、プロジェクトに参加していじめ防止教育を継続している23の学校に対し、大規模な質問紙調査が行われました。
調査の結果としては、以下のようになったようです。
まとめ
シェフィールドのいじめ防止プロジェクトは、学校全体を巻き込んだ構造的・継続的な介入が、いじめ減少に寄与するという実証を示しました。
日本でも、単発のいじめ啓発ではなく、日々の学校環境を変える視点から取り組むことが、より実効性の高い対策につながると考えられます。
いじめ問題は一朝一夕には解決しませんが、シェフィールドのようなモデルを参考に、学校ぐるみの多面的な支援を意識した取り組みを進めることが、子どもたちの安心な学びの場づくりにつながるかと思われます。









